ザ・皮膚 俺の手はどこから生えてるのだろう。
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俺の手はどこから生えてるのだろう。

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第六回テーマ『腐女シンドローム

提唱者:ふれ
今回の記事:ふれ

遅くなりましたが、腐女シンドローム最終回です。

今回考察を行ってもらうテーマは腐女子ということで、簡素な疑問ではありますが意外と本質的な疑問を投げかけてみました。
今回の考察のメインとなるのが、(※1)なぜ腐女子は自分自身を作中のキャラと絡めず、作中のキャラとキャラ、それもノーマルな男女ではなく男と男を絡めるのかという点。
その点のざま君とひびき君の要点だけ引っこ抜いたのが以下。

ざま
>彼女らは男キャラにその役を託しているものの、それはあくまで同化させる宛を男キャラにしただけであって、自分を重ねるという本質的部分では(語弊があるけれど)普通の少女マンガとなんら変わらない

ひびき
>自分が嫌いだから、自分とは絡ませられない。
かといって、他の女性とラヴるのもむかつくから、女性は要らない。
ならば自分の大好きなキャラを二人で絡ませてしまおう!

ということで、二人の考察の中では差異が生じている。
前者の考察では自分は作中のキャラと同化しているというもので、後者は自身の同化はあきらめ、好きなキャラ同士の絡みを楽しむという点である。

ただ男キャラ同士を絡める理由に関しては両者とも似たような見解であり、やはり他の女性に私の好きな彼をとられたくないっ!てな心理が働いてとのこと。


因みに僕自身のこれに対する考えはどちらかというとひびき君の答えに近い。
①男同士を絡めるという点に関しては、やはり他の女性を排除したいという心理から。
②自分が登場しない理由は自分があまり好きではない(どこか劣等感を持っている)ことから。
以下、その詳細をまとめてみる。

①に関しては詳細もなにもそのままなのだが、その中でも比較を行ってみる。
比較を行う上で二つの分類を行う。
一つは腐女子向け漫画(いわゆるBL漫画)等を自ら創作する人間、そして一つはそういった創作はせず、あくまで鑑賞側としての立場にいる人間。
この分類を行った上で推測できるのが、創作をする側は自分を作中に登場させることができないということ。
どういうことか。
作品の創作を行う理由の根本を突き詰めていくと、自己満足がその原動力なのかもしれないが、その自己満足の達成の一部分、いや大部分だといっても過言ではないのが他者からの評価である。
自分の思いを何か形にするという行為は、自分の考えを理解してもらいたいという類の心理を具現化したものであると言える。
そして他者からの評価を得ようとした時、そこに登場する人物を創作主自身にして多くの賛同を得られるだろうか。
そう考えたときに創作側としての心理、つまり自己満足という欲求を満たすための過程として、自分自身を作中に登場させることはできないのである。
これに加え先ほど上で説明した、他の女性キャラと好きなキャラが絡むなんてありえない!という二つの背景から、市場に出てくる作品においての(※1)の疑問が解決する。

それに対し鑑賞側としての人間はどうなのだろうか。
鑑賞側の人間は自分自身で作品を作ることはない。もしくはできない。
その理由は様々であると思われるが、市場に流通している作品がそうであるからして読むわけであり、恐らく男同士の絡みを求めてBL作品に手を出すというわけではないと思われる。
ただ、彼女達も女キャラと男キャラの絡みってのは恐らく好まない。
仕方なくといっては語弊があるかもしれないが、最初のきっかけはそんなものだろう。
そして次第にそういった作風を好むようになるのは慣れ以外の何物でもない。
最初は抵抗のあるものでも、数をこなせば人間慣れるものである。
そしてその慣れは次第に好きに変わっていくもので、ああ、慣れって怖い。


次に②であるが、これは簡単に説明をすることができる。
男のアニオタでもエロゲオタでもなんでもいいのだが、こういった二次元キャラに恋しちゃうような人間は、現実世界で異性との接点があまりなかったりという共通点がある。
先に言っておくが、別にこれはそういった人たちを卑下しているとかそういうわけではない。
まあつまりそういった人達ってのは、割と自分に自信がなかったりするわけだ。
要約すると、モテない→自分に自身が持てなくなる→そうだ、二次元行こう!てことで。
これをそのままあてはめればある程度は理解できそうですね。
そして そうだ二次元行こう→だからといってこんな自分を登場させるなんてできない・・・ となり、既存のキャラを使い作品を展開させるという図式が出来上がるわけです。


これら①②をまとめた上での僕の結論はこうだ。
創作主の欲求(自己満足)を満たすためには自分自身を登場させることはできない。しかし女キャラを使うのには抵抗がある。そこでBLという作風が出来上がる。
創作ができない側の人間は流通作品を読む。その流通作品は男同士が絡んでいる。でも女が絡むより全然まし!そして次第に慣れる。

つまり結局行き着くところは創作する側の欲求を満たすというところ。
そしてもしそれが商業的(つまり金銭が絡んでくる)なものになるようであれば、その創作側の欲求というのはより一層強いものになるであろうと考えられる。


もう一つ提示した 妄想をふくらます際に好きなキャラは受けとなるのか、はてまた攻めとなるのか という疑問。
これに関しては自分で提示したにもかかわらず、いくら考えてもいまいちこれといった結論が出てこないのだが、これはざま君が言ったように、キャラに求めるものが何かによって変わると思われる。
あまりに簡素なまとめではあるが、恐らくこれ以上でも以下でもない。

以上をもって腐女シンドロームのまとめとする。



<スペシャルサンクス>
卑屈にゲヘヘ日記 / 奥村さん
今回のテーマ『腐女シンドローム』での ざま・ひびき・ふれ それぞれのイラストを提供してくれました。
ありがとうございました!


余談
考察中では触れませんでしたが、実際のところ脳内では自分を登場させての妄想はするんでないかと思います。
その理由は上でも書きましたが、妄想であれば他者の介入がなくなるわけです。
そういったことから脳内ではあの殿方とあんなことしたりこんなことしたり。
男だって脳内ならするよね。多分。


追記
この記事を読んだひびき君から指摘が一点。

あくまで同人誌の世界に限った話すると
自分のオナニー見せつけだから 売れねえ本だらけなんじゃないかな


えとまあこれに関してはこちら側の説明不足なので、一応補足をば。
つまり同人誌というカテゴリで考えてみると、自分のやりたいことを一寸もぶらさずに創作しているがために、売れない本(あるいは作家)ばかりになってるのではないかということ。
その熱意が異常なまでのものであるが故に思いが伝わらないのだと。
これには正直同人業界にあまり詳しくないので何とも言えないわけですが、他者からの評価ももちろん欲しいのですが、それよりも自己表現がしたい!っていう作品や作家にこういう傾向があるんでないかと思われます。
恐らく売れている作品や作家は、その自己表現に加えて商業的にもある程度は成功したいという思いがあり、読者のニーズにそれなりにこたえるような内容に仕上げてくるのだろうと思います。
同人業界には売れない作品が蔓延しているのかどうか、その点がいまいちはっきりしないため何とも言い難いのですが、仮にそういった作品(自己表現欲が強すぎて受け入れられ難い作品)が蔓延しているとすれば、今回の結論とは一見大きく異なるように思えます。
しかしあくまで絵として自分を登場させないという推察から考えてみると、そうそう大きく脱線してはいないと思われますので、まあはい。そんな感じで。
補足終わり。

2009/09/26 00:00 | 腐女シンドロームCOMMENT(0)TRACKBACK(0)


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