ザ・皮膚 性癖の転歴

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/-- --:-- | スポンサー広告


性癖の転歴

sy2.jpg

第三回テーマ『宗教』

提唱者:ふれ
今回の記事:ざま

宗教の仕事のひとつに「価値観をひっくり返す」ことがあるって何かで読んだ。
これだけ聞いても「?」となる人も少なくないと思うので、私なりの解釈をば少し。

例えば十字架をあげれば分かりやすいと思う。キリスト教に1ミリも触れたことの無い人からすると、アレはただのただの記号である。
つまり、もしそこに金属製の十字架があったとしても、キリスト教的な意味合いを知らなければそれはただの金属の塊か何かにしか見えない。が、そこにキリスト教的価値観を持ち込むと、(詳しくは知らないけれど)それはとても神聖なものになるのだろう。
おそらく端的な一例に過ぎないことは自覚しているが、いかんせんハードルの高いテーマだけにご勘弁頂きたい。

言い換えれば(これも狭い解釈なのだろうけど)価値観の創出といって良いだろう。カルト的な宗教と悪徳商売が結びつくのもこの辺りでうなずける。それがただの壺だとしても、ある宗教的価値観をもってすれば、ソレはウン百万も価値のあるも物へと成りえるのだ。


して今回のテーマの肝たる部分。「天才集団がなぜカルト教団の罠にはまってしまうのか
という点」である。
いわゆるカルト教団の教祖になるような人間はこの価値観の創出とその定着が非常に巧みなのではないかと思う。
特に理系の人間にこの傾向がある気がしてならないのだが、学問をせっせか突き詰めてると無意識に唯物的な思考になりがちである。つまり目の前の現象(超簡単な例:水素は空気より軽いとか)を分析して、それの性質をどうやって利用するか(そうだ、これで気球を作ろう!とか)とかばっかり考えてると、そういう思考パターンが染み付いてしまうのである。
こういう人間にとって価値観の創出とは青天の霹靂なのかもしれない。
目の前のものを分析し、唯一不動のその価値をもって生産に繋げるという今までの常識や価値観をすっ飛ばされておっかなびっくりしてしまうと、人は非常に不安定になりがちである。価値観を吹っ飛ばされて不安定になった人間は、安心したいが為に新しい価値観を求めるものである
この辺りから上手に付込んで、教祖ってすごい!壺ってすごい!って価値観を与えてやれば、あら不思議、従順な教徒の出来上がりというわけである(そんなに調子よくは行かないと思うけれど)。


以上が苦し紛れの私なりの(完成度低めの)考察である。
次週、相手の常識や価値観の外から攻めて、不安にさせて、安心させる手口を常套としているひびきくんの記事に期待してもらいたい。

2009/06/06 20:32 | 宗教COMMENT(0)TRACKBACK(0)


コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | トップへ | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。